これは余談ですが、49歳になるときに、もう50かと意識するようになりまして、50になり、51になり、49歳から51歳の3年間、ずっと50か、という気持ちでおりましたが、先日52歳になり、ようやく、52歳か、と思うようになりました。
思い起こせば、26歳のときに行政書士試験に合格しまして、その後、宅建主任者(現在の宅建士)の資格を取り、不動産業界で勤務しておりました。いずれ独立するぞとの思いで、勉強のつもりで働いておりましたから、勤務先には非常に申し訳なく思うのですが、独立資金を貯めたりして、34歳のときに行政書士として独立開業をいたしました。
そこからは毎日が一生懸命で、昼夜なく業務に取り組んだり、ホームページを作って更新したり、人脈を広げるべく会合に参加したり、自己啓発に取り組んだり、スピリチュアルなことも研究したりと、過ぎてしまえばあっという間の時間だったとおもいます。
独立当初は自分一人きりで社員もなく、家族に手伝ってもらうでもなく、自宅で開業をしておりましたが、おかげさまで業務も順調に受任するようになると、人手が必要となり、人を雇うとなると、自宅兼事務所では、自宅の鍵をスタッフに預けなくてはならなくなるとおもいましたので、新しく事務所を借りて、移転をしました。
自宅は大阪の河内長野市ですので、代表電話番号が0721の市外局番なのですが、これが大阪市内に移転すると、市外局番が06になりまして、一気にクライアントからの信用が増したことを実感いたしました。
当初は大阪市港区の弁天町に事務所がありましたが、こちらも狭くなってきたので、今の大阪市北区に移転しましたところ、堂島ですか、とクライアントからの信用がますます増加したことは、これから開業して事務所を探している人にも伝えたいと思うところです。
その後、東京オフィスを出すときに、銀座を選びましたのも、土地の知名度がクライアントの信用に繋がることを実体験として経験したためです。
事務所が河内長野にあるというと、クライアントによっては敬遠される方もいらっしゃいました。それが大阪市内、東京銀座、というと、所在地を理由に敬遠される方はいなくなりましたので、面白いものだとおもいました。
私としては、事務所がどこにあろうと、業務内容は同じで、基本的には私からクライアントのところまで会いに行くというスタンスも、昔から同じです。
やはり印象というものは大事ですね。
当初は私一人きりだった事務所も、最初の一人を正社員として迎え、パートさんにも来てもらい、4~5人くらいの事務所にしたいなと考えておりましたら、4~5人くらいの事務所になりまして、常に人手が足り無くて、社員を増やし、今は10人くらいの事務所になりました。
本当は今でももう少し、社員を増やしたいのですが、事務所が手狭になってしまい、増やすことができません。
堂島に来てしまったので、ここからさらに移転するには、ちょうど良い大きさの事務所が難しく、今の事務所に追加してもう一部屋を借りるとなると、移動などが不便になりますので、どうしようかと悩みながら毎日の業務に取り組んでいる状態です。
初めての一人目に正社員として迎えた人は、学生時代からの友人です。
よく、友人と一緒に仕事をするとうまく行かなくなると言われますが、事務所経営の悩みなどを一緒に相談したりして、非常に助かっております。
スタッフや関係外部の方々とも、結構な頻度で、食事会などに行きますが、そうすると普段だったら話さないような込み入った話が聞けたり、話せたりすることもあります。
社員旅行も今年は韓国のソウルに行きました。
私には夢がありまして、世界中の国で、行ったことがないところがない、というくらいに知らない世界を経験したいと思っています。
縁あってスタッフになってくれた方々にも、少しでも特別な経験をしてもらえたらとおもいますので、もちろん希望者だけ自由参加で、強制ではないですが、いろいろなところへ旅行や食事に行くようにしています。
皆さん、これからもよろしくお願いします。
だらだらと思うままに書いておりますが、そのような経緯ですので、52歳と言われても実感がなく、試験に合格して独立するぞと考えていた26歳のころ、ようやく事務所を開業した34歳のころから特に自分が変わったという意識もなく、まだまだ事業を始めたばかりだという気持ちです。
知らない間に18年が経過して、たくさんの良いスタッフや関係方々に巡り会えまして、感謝感謝の毎日を過ごしておりますが、改めて気持ちを引き締め直しまして、これからの業務に取り組んでいきたいと考えています。